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Included stories
収録作品

スペアタイム
若い学生だった時、一人で博物館に赴いた。時刻の神カイロスを探したかったからだ。私は神話の彫刻写真達の中から彼を見つけた。彼は天秤のような物を手に持ち、世界の時間を操作しているように見えた。私は彼の横顔に向いて念じると、その契約が成立した。そして今しがた、蹌踉けた右足底が感じた微かな音。年老いた私の臀部は脳に向かって反射より遅い伝達で報告を出すのだ。「やむを得ない、座り続けるほかない」そして……。

都心の森の奥に
関東地方のこの夏は、例年よりも早く最高気温の更新間近になっていた。ここ東京の品川にはオフィスビルが隣接していくつも建っており、そのビルにもビジネスのテナントが多数入っている。商業施設と連結した高層のオフィスタワーに勝則の職場も存在していた。そして勝則のイライラ度合いもまた、この夏の最高レベルを超えていた。「品川ヴィンテージヒルズとはよく言ったものだ」通勤だけで汗だくになっていた勝則は考えていた。(もういやだ! こんな会社。仕事も何もかも捨ててしまいたい…)特に上司の横暴さには嫌気がさしていた。

庭にある花
その花は、伸びた立ち姿が向日葵に近い感じで、しかし花びらの中心部分は空に真っ直ぐに向く。色は水色、それ程大きくはないがはっきりとした形状の葉と同じくらいの大きさの花びらで、その一番外側の一枚は緑色の葉の色が混じっていた。想像だが、放つ香りは薄いが万人が好む果物のようにみずみずしいに違いない。そして野に咲く姿は、そこが元来の生息場所であるかのごとく風景にとても溶け込んでいて、例えるならそこに風があっても光が強くても雨が掛かっていても美しさは溢れ出ているだろう。花びらの淡い水色は優しいが、真っ直ぐに伸びている茎は生きる力が漲っている。私はその花を探したくなって、それが始まりとなった…。

ヴェール
占いのネオン文字が目に入る。その時、私の目の前に立ちはだか る茶色の服装が現われた。
私はその人か近づいてきたことなんて気付きもしなかった。そこに居たのは母親ほどの歳の年老いた女性。マスクはしていないが、民族衣装のようなヴェールを纏い、口元は隠されていた。その人は私に言う。「でも注意しなければならないことがあります。ヴェールを纏わなければ本人にはけっして逢うことが出来ません。話す事も目に留まることもありません。だから、必ずヴェールを纏っていてください。そして、一番伝えておかねばならない事があります。それは……」

見えない扉の向こう
喜田村星澄_短編小説集
形態:読み切り短編小説集
規格:文庫版 104ページ カバー付
値段:900円
発行:喜田村星澄
未来の時間を前借りした男が老いの中でその代償と向き合う物語/ビルの谷間で迷い込む、もうひとつの時間の流れ/都市の片隅で、記憶と現実が静かに重なり合うひととき/日常の薄膜の下に潜む、説明のつかない“気配”に触れる瞬間――。
時間の前借り、喪失、邂逅、そして救い。
境界の向こう側では、誰かの願いと誰かの後悔がすれ違い、日常のすぐ隣にある“別の時間”が静かに息づいている。
全く異なる物語が、目に見えない細い糸でゆるやかに結ばれていく連作短編集。
扉の向こうには、あなたの知らない時間が流れていた。
